ギフトマナー辞典
ギフトの老舗シャディが贈るGIFT MANNERS
メニュー
福をもたらす七福神とは何?
七福神
 

福をもたらす七福神とは何?

福徳をもたらす縁起の良い神様達の集団として、古くから民間で信仰されてきたのが七福神です。七福神の神様とは、恵比寿天(えびすてん)、大黒天(だいこくてん)、毘沙門天(びしゃもんてん)、弁才天(べんざいてん)、寿老人(じゅろうじん)、福禄寿(ふくろくじゅ)、布袋尊(ほていそん)のことで、一堂に会して宝船に乗った図案でよく知られていると思います。おそらく日本でももっとも広く親しまれている神様のうちに入るのではないでしょうか。このページでは、そのような七福神の由来やそれぞれの神様に託されたご利益などを紹介しています。

七福神の由来は?

戦乱の相次ぐ室町時代に現れた七福神への信仰

七福神への信仰は、室町時代に最初に現れ、発展しました。当時、京の都の庶民の間では、西宮(兵庫県)の夷(えびす)三郎、比叡山の三面六臂(さんめんろっぴ)大黒天、鞍馬寺の毘沙門天などがそれぞれ福の神として信仰されていたそうです。そして、七福神の仮面を付けた七福神強盗や福神強盗などと呼ばれる盗賊も出没したといいます。この盗賊に押し入られた家では、強盗の被害にあったにも関わらず、縁起が良いとむしろ喜んだとも伝えられています。その時代での七福神の人気ぶりがうかがわれる話です。
こうした七福神への信仰の高まりには、荒れた時代背景があったといわれています。室町時代の初期には南北朝の抗争、後期には応仁の乱と敵味方が入れ替わって定まらないような混沌とした戦乱があり、そうした世情に翻弄された人々は福の神への現世利益(げんぜりやく)を願ったのではないかと推測されています。
また、当初は七福神を構成する神が違っていたり、数が七とは違っていたり定まっていなかったといいます。しかし、信仰の対象が次第に整理されて現在知られている七福神になっています。
そして、江戸時代には宝船に乗った七福神を描いた絵に「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」の回文歌を載せたものが縁起物とされています。その絵を枕の下に入れると良い初夢が見られるとして、七福神の絵が市中で売られるようにもなりました。さらに七福神参り、七福神巡りなどという風習も生まれています。これはそれぞれ七福神を祀った寺社を参拝してまわるというものでした。

なぜ七福神になった?

福徳の神々が七福神という集合体になったのには諸説あります。一説には竹林の七賢に倣ったものだといわれています。竹林の七賢とは、3世紀頃の中国にあった魏の国で俗世を避けて竹林につどったとされる賢者達のことです。老荘思想的に理想像のひとつになっているようです。なお、老荘思想は中国で禅宗が成立するのに大きな影響を与えたともいわれています。この禅宗は鎌倉時代以降の日本に導入され、北山文化、東山文化などが花開いた室町時代の日本文化の発展には禅僧達が大きな担い手となっています。特に有名なところでは、彼らの間で茶の湯が発達したことがよく知られているところでしょう。
また別の説としては、七難即滅七福即生(しちなんそくめつしちふくそくしょう)という仁王般若経(にんのうはんにゃきょう:奈良時代に伝わった仏典)の一節に由来するというものもあります。

七福神のそれぞれの神様のルーツはどこにある?

日本の神様で唯一の七福神である恵比寿天

七福神という集合体では知っていても、個々の神様については名前だけを知っていて、どんな神様かあまり知られていないかもしれませんから、ここでそれぞれの神様の由来などについて簡単に紹介しておきたいと思います。
まず、釣り竿を担ぎ、鯛を抱えた恵比寿天ですが、日本から唯一の七福神の仲間入りをした神様です。服装も狩衣に指貫、頭には風折烏帽子と日本の装いです。この恵比寿天はイザナギ・イザナミの第三子で蛭子尊といわれ、生業(なりわい)の守護と福をもたらすとして、初めは漁民に、後に商人をはじめ広く信仰されるようになりました。地域によっては恵比寿講、十日恵比寿など、昔からの恵比寿天を祭る行事が今も残っています。また恵比寿天の由来は、国譲りの神話に出てくる事代主命(ことしろぬしのみこと)とされる場合もあります。
この恵比寿天以外の神様達は、唐(から)、天竺(てんじく)から伝わった神様です。なお、唐とは中国のことで、天竺とはインドのことです。

天竺からは3人が七福神に

次の大黒天、毘沙門天、弁才天は皆、天竺から入って来た神々だといいます。大黒天は大きな袋と打ち出の小槌を持ち、大抵は米俵の上に座った姿で描かれます。農業の神とされ、食べ物に困らなくなるとされて台所に祀られることが一般的でしょう。元々は偉大な黒い神といった意味のマハーカーラという神様で、シヴァ神の別の名前ともいわれる神様でした。大国主命と習合されることもあります。
毘沙門天は上杉謙信が深く帰依したことで、戦国時代好きの方には馴染み深いかもしれません。バイシュラバナという神様で、暗黒の世界の主と同時に財宝の神でした。甲冑に身を固め剣などの武器を手にしていますが、もう片手には宝塔を持っています。毘沙門天は、仏教では仏法あるいは国家守護の四天王のひとり、多聞天として知られています。
琵琶を手にした紅一点の弁才天はサラスヴァティーという大河に住む水の神様でした。財宝をもたらすということから弁財天という表記する場合もあります。

唐由来の七福神

唐からは、まず寿老人と福禄寿がいます。なぜ一緒に名前をあげているかというと、寿老人と福禄寿は共に道教の神様で幸運を司る南極星の化身だからです。ふたりとも杖を持ち、その先には桃の実と巻物がぶら下げられています。巻物には人の寿命が記してあるといい、長寿の神様です。また、それぞれ鹿と鶴が傍にいます。加えて福禄寿の特徴としては、長い頭と、財産の福、身分の禄、長寿の寿と三拍子そろった名前です。
最後に、太鼓腹をさらけ出している布袋尊ですが、この神様だけ実在の人物です。長汀子(ちょうていし)という禅僧がモデルで、七福神で描かれるようにいつも大きな袋を持っていました。袋の中に入れたものは財宝に変わるといわれています。弥勒菩薩の生まれ変わりともいわれています。