『終わらない贈りもの』 入賞作品2-722-011 佳作 村上 愛弓 様
それは三十五年前のクリスマスの出来事です。
いつもよりもうんと早起きした五歳の私。すぐに見つけたいような、でも見つけてしまうとそれはそれでなんだか勿体ないような、甘く複雑な気持ちで枕元をそろそろと見ると、そこに想像していたようなプレゼントの包みは存在しませんでした。
なぜ?
焦りと動揺で泣きそうになった時、小さな名刺大のカードが置いてあるのを見つけました。そのカードには
「このカードをもって くつやさんにいってね サンタさんより」
と綺麗な活字が印刷されていました。
大急ぎで両親に報告し、父親に連れられて駅ビルの中の靴屋へ。
「どれでもいいと?」
「どれでもいいんやない? 好きなやつを選びなさい」
そんな会話をしながら、私はずっと欲しかった、履き口がムートンで縁取られたピンク色のブーツを選びました。
レジにブーツを持っていくと、父が「サンタさんからもらったカードを渡しなさい」と言います。
え?
このカードでブーツが買えるの?
まだプリペイドカードの概念など存在しなかった時代のことです。にわかには信じられず、ドキドキしながら店員さんに白いカードを差し出すと、その女性店員さんは優しくにっこり微笑みながらカードを受け取り、ブーツを包んでくれました。
サンタさん、すごい!
サンタさんからもらったカードはとくべつなんやね!
興奮してそんなことを口走りながらブーツの包みを抱え帰宅した記憶があります。
それから二十数年間が経ち、私も一児の母になった頃、ふとそんなクリスマスプレゼントがあったねぇ、と話していたら、父から種明かしをされました。
「モコモコのついたピンクのブーツが欲しいって言われても、どんなのがいいか全くわからなかったら、ああするしかなかった」
と。事前に靴屋に相談しに行き、口裏合わせをしてくれと頼んでいたこと。そういえば、父の職場のすぐ近くにある駅ビルの靴屋でした。おそらく、後日私が選んだブーツの代金を支払いに行ってくれたのでしょう。今思えば、店員さんも何か楽しいことの共犯者にでもなっているような、いたずらっぽい笑顔で応対してくれていた気さえします。
その裏話を聞かされたとき、当時の父の私を喜ばせたいと思う茶目っ気と、私に対する愛情が、長い時間を経ているというのにびっくりするほど新鮮に、私の心の中に飛び込んできたのを覚えています。
今でも、その日のことを思い出すたび心があたたかくなり、思い出すたびにもう一度贈りものをもらっているような気持ちになり、これからも思い出すたびにその日の父からの贈りものを受け取り続けるのでしょう。
きっとこれは終わらない贈りもの。そう、思います。
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