『タイムカプセル』 入賞作品2-802-009 準グランプリ 感王寺 美智子 様
「かたくりの今年かぎりの草をとる」
父の辞世の句である。ねむの木の花が咲き始めた六月、父は逝った。その三か月半前、末期がんの宣告を受けていた。
四十九日の前日、父の部屋を整理していると、本棚の上から、ラッピングされた細長い小箱が、出てきた。プレゼントだろうか?随分前に置かれたもののようで、ホコリを被っている。色あせた包装紙には「美智子へ」と、書いてある。私の名前だ。
なんだろう? いつの? いったい、なんのときに私に贈ろうとしたのだろう?
箱を持ったまま、目を迷わせ、庭の方を見た。父の好きだったねじ花が、去年より沢山咲いている。
父は山野草が好きで、文章を書くことが好きだった。よく、庭に咲く花たちを俳句に読んだ。
「この花は、小さいけれど、きれいな花を咲かせるんだよ」
怖い顔の父だったが、そういうときだけは、細めた目が優しいドクダミの花のようだった。
そしてまた、私も父に似て文章を書くことが好きだった。しかし、父の評価はいつも厳しく、酷評ばかりされていた。
酷いのは、私が父に宛てた手紙にアカを入れて返して来たことがあった。いくら高校の教師をしているとはいえ、それはあんまりだった。
十八歳の時、私の文章が、ちょっとしたエッセイコンテストに入賞した。
けれど、父は一言も誉めてはくれなかった。大したことないな、というように、フッと笑って、その原稿を黙って私に返した。
ポロポロと悔し涙が出た。そして、私は言い放った。
「私、おとうさんに、二度と自分の書いたもの見せない」
そして私は、それから文章を書かなくなった。
庭に、スコールのような雨が降ってきた。
ああ、父が、草木に最後の水やりをしているのだな、そう思った。
あ、そうだ、父が水やりをして、こっちを見ていないうちに開けてしまおう!
そう思いついて、盗み見するかのように、急いでビリビリと包装を破った。
これは……。
箱の蓋を開け、ハッとした。
私が学生の時、欲しくてたまらなかった「パーカーの万年筆」だった。
そして、ハラリと、小さな便箋が落ちた。
そこには「朝のさりげない風景から、小文にまとめあげていく、小才のきいた文章、見事なものであった」そう、書かれていた。
父が、初めて誉めてくれた。
いえ、父は、とうの昔、誉めてくれていたのだ。
父が庭に降らせた雨が、暖かく私の頬を伝う。
悔し涙ではない、うれし涙だ。
父が十八歳の私に、渡しそびれたタイムカプセルのような贈り物。
おとうさん、ありがとう。受け取ったよ。そして、ごめんね。
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