『大きな 1 合瓶』 入賞作品2-719-002 準グランプリ うさこ 様
祖父に最後に贈ったのは一合瓶の日本酒だった。
人生で初めてもらったボーナスで、祖父に年末年始のご挨拶をしよう。そう思い、仕事場近くの酒屋に入った。祖父は日本酒が好きだと聞いてはいたが日本酒を飲まない私には、日本酒のことなどいわれてもわからず、何を買えばいいのか小さな店で困り果てていた。店内の一枚の宣伝ポスターの横に写真が貼られ、当時の日本の首相が来日中のアメリカ大統領と一緒に食事会をしたときのお酒だと紹介されていたのが一合瓶だった。
日本酒のことはまったくわからないが、首相が飲むお酒が美味しくないわけがないと思い、珍しい良いものが見つかったと仕事場近くの酒屋から片道二時間かけて祖父の家まで割れないように抱えて持って行った。スーパーで普通に買える酒だとも知らずに。
祖父がいつも飲んでいるのは一升瓶、私が贈ったのはそれの十分の一の小さな一合瓶だと初めて知り、慌てて再度買いに行こうとする私を祖父は止め、来年は一升瓶をと約束したのが一昨年の冬だった。
昨年の冬に一升瓶を抱え、祖父に年末の挨拶にいった。祖父は私からもらったお酒は写真を撮って記念に残すことにしたといって、嬉しそうに撮影してアルバムの一番前に貼っていた。
これからは毎年、父や母がしているように祖父に年末年始のご挨拶にお酒を贈るんだ。なにか大人になったみたいだと感じていた矢先のことだった。
今年の春に祖父が末期の胃がんだとわかり、蝉の声もまだ聞こえない夏の直前の七月上旬に、祖父は息を引き取った。
葬儀の前に近くのスーパーに走り小さな一合瓶の日本酒を買った。最後に祖父の口にそっとお酒を塗って飲ませてあげた。
祖父が残した私宛の遺書に、お前は日本酒の一合瓶を日本の首相がアメリカ大統領と食事会をした時に飲んだ酒だからと私に持ってきたが、そんなことより「孫からの酒」が美味かったと書いてあった。
祖父の仏壇に小さなグラスを置き、小さな一合瓶から日本酒を注いでお供えし、その残りを飲む私を見た祖母が、祖父と同じことをするのねと笑った。
理解できなくて、何のことかと聞いた。
祖父は孫の貴女からもらった一合瓶の日本酒が嬉しくて嬉しくて。たった一合しかないのに新年にみんなで飲むと聞かなくて、同居する長男家族全員をわざわざ集めて、一合を六人で分けて飲んだのよ。祖父も数口しか飲めなかったの。祖父は、こんなに美味しい日本酒は初めてだ、美味しい物はみんなで分けて飲まないともったいない! と言ってたわと教えてくれた。
貴女も祖父ちゃんとと美味しさを共有したいと思ったのよね。私も一口飲むわとグラスを取り出し、祖父と祖母と私の三人で一合瓶の日本酒を飲んでいた。
小さな一合瓶じゃなくて、初ボーナスでもっと良いもの贈ればよかったと後悔したのは私だけで、祖父にとっては大きな一合瓶に見えていたのだろう。
私の祖父に対する想いは小さな一合瓶には入りきらないから、みんなで分けて飲める大きな一合瓶で良かったのだとつくづく思った。
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