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『マニキュア』 入賞作品1-711-001 準グランプリ 生永 智子 様
贈りものがたり
 

『マニキュア』 入賞作品1-711-001 準グランプリ 生永 智子 様

 生まれて初めてマニキュアを塗ったのは結婚式の前日だった。
 小さい頃から爪を噛む癖があり、どの爪もひどく短く不格好で見苦しかった。母が病気だったので家事は私がやっていたし厳しい家でもあったので、二十四で結婚するまでマニキュアなどまるで縁がなかった。
 そんな私にマニキュアをくれたのは彼のお母さんだった。結婚式の二日前である。彼の郷里は山口県で、お母さんは式に出るためにはるばる新幹線で上京してきた。彼と東京駅のホームに迎えに行ったのを覚えている。たくさんの荷物をかかえ嬉しそうに新幹線から降りてきたお母さんは、鞄から小さな白い袋を大事そうに取り出すとそれを私に渡してこう言った。

「結婚式に塗ってね。晴れの日だから」

 家に帰って開けてみると、そこには小さなマニキュアの瓶が入っていた。透明でほんのり淡い桃色をしている。蓋をクルクルっと開けると先に付いた筆がとろとろと液体を揺らした。綺麗だった。初めて見るその美しさにすっかり魅了されてしまった。
 彼とは三年半付き合った。不器用だが誠実な人だった。口数は少なかったが優しそうな目をしていた。彼のことが好きだったし結婚することも決めた。けれど、本当はどうしようもなく不安だった。三年付き合っても見えなかった部分はあるはずだ。一緒になって初めて彼の本当の姿がわかるのかもしれない。私はうまくやっていけるだろうか。この道で本当にいいのだろうか。結納を済ませ式の日取りも仲人も決まり、もう絶対に後には引き返せない。そんな中でも私の心は揺れていた。
 お母さんからもらったマニキュアを短い爪に塗ってみた。透明な液体がゆっくり艶やかに伸びていく。指をぴんと伸ばし手をかざして仰ぎ見ると爪が桜貝のようにキラッと光った。お母さんはこの結婚を喜んでくれている。こんな私を迎え入れようとしてくれる。それが伝わってきて嬉しかった。不安はあったし、それはもうどうすることもできない。結婚とは、そういう諸々のことをひっくるめて覚悟をきめることなのだ。不安はあるけれど私は彼を信じてみることにした。そして私のことも信じてみようと思った。
 次の日、左の薬指に彼が指輪をはめてくれた。一世一代の晴れの日だった。彼は夫となり、お母さんはもうひとりの母となった。
 あれから二十五年が経とうとしている。きのう米寿を迎えた母の爪に私はマニキュアを塗った。母の爪は細く美しい。マニキュアを塗るとますます綺麗だ。母は手をかざし嬉しそうに微笑んでいる。女はほんのちょっと美しくなるだけで不思議と勇気と自信が湧いてくる。あの時の私がそうだった。あのマニキュアの瓶の中には「大丈夫」という母の気持ちも込められていたのかもしれない。